うおりゃー大橋だらだら話

日記でも書こうかと思いましたが、現在の日常にかかわらず、
きまぐれに、だらだらと、なんか 書くのが
一番長続きするような気がしまして、
だらだら書いていくことにしました。

別に読まなくていいです。


キャラクターという言葉 そのさんのA

3.ゲーム発 キャラクター地獄 いち

80年代の終わり頃、ファミコンが発売され、テレビゲームが大ブームになると、
テレビゲーム発のキャラクターが漫画に進出してきました。
それは、はじめ、ただ単にゲームのキャラクターを借りて
漫画にし、ゲーム会社はなにがしかの宣伝になればいいし、
雑誌はプレゼント用に何個かゲームを回してくれればいい・・・
なんか、そんな規模のささやかなものでした。

そもそもゲーム漫画とは、
ゲーム自体のコミカライズではなく、
「ゲームセンターあらし」からはじまる「ゲームプレイヤー漫画」(ホビー漫画)のことでした。
「ゲームプレイヤー漫画」では、毎回、違うゲームでライバルプレーヤーと対戦、
ゲームはあくまでも戦いの土俵だったのです。
毎月、ちがう会社の全然ちがうゲームが登場し、
この漫画の構造は、まさに「漫画がゲームを支配-コントロール」していました。
主人公がマリオと共闘したり、ゼビウスの宇宙船に乗ったり、
ワルキューレのおっぱいもんだり、好き勝手やっておりました。
(こういう漫画は、完全に姿を消しました)

やがて、今のゲーム漫画に近い
ひとつのゲームの世界をコミカライズしたような漫画が登場しました。
それは、その雑誌にそのゲームの宣伝が載っていたりして、
ようするに宣伝がらみのタイアップだったのですが
宣伝でお金も入ってくるし、漫画のネタにも困らないし、
実力ハンパな新人に、あてがっておくにはもってこい。
ゲーム人気の相乗効果で、漫画も当たれば言うことなし!

というわけで、あちらこちらでガンガン、漫画になりました。

それでも、当初は
漫画のほうがずっと立場が強くて、キャラクターの名前はそのままでも
キャラクターの性格が漫画オリジナルだったり、お話のスジが
ゲームと違って、お姫さまを助けにいったら、本当に悪いのは
お姫さまのほうだった・・・とか、かなり自由な、ムチャクチャなことを
漫画はやっておりました。
漫画編集者も、漫画とゲームは違うもの。コミカライズ時に脚色するのは当然。
重要なのは、漫画としておもしろいかどうかである!」
と豪語していました。

しかし、エニックスのドラゴンクエストの馬鹿当たりで
状況は大きく変わりました。
1が馬鹿当たりして、大儲けしたエニックスは
その利益を守るため、2の発売前から徹底的に情報捜査、
消費者の購買欲を最大限に高めるため、アノテコノテで
マスコミをコントロールします。
(今の時代なら、こういうことはもはや常識なのですが)

2大大手出版社を天秤にかけて、ジャンプを最優先するとか、
(キャラクターが鳥山明なので当然ともいえるけど)
マイナーで力もお金もないところは完全に無視したり、
雑誌にのせる攻略法についても、徹底チェック。
何月何日から、この部分を解禁。 守らなければ厳罰。
そういうことを、強烈にやりだしました。
苦労して作ったソフトだもの、勝手に暴かれてはかなわない
ということなのでしょうが、それまでのゲーム出版業界では
専門職「ゲーマー」がどんどんゲームをやりこんで
好き勝手にガンガン書いちゃってたので、
そういう、無法地帯の荒くれ者にとっては、晴天のへきれき。
突然、ヒトラーがやってきたような感じでした。

で、ドラゴンクエスト2も超大ヒット
どこもがやりたがったコミカライズは天下のジャンプでした。
そして、エニックスは自ら出版社をおこし、
漫画雑誌「ガンガン」を創刊します。
それは、ゲームが漫画を支配した象徴的な出来事でした。
ガンガンでドラクエを漫画にしたのは
マニア系漫画雑誌で大友克洋を継ぐものみたいに一時言われた「藤原カムイ」。
ゲームをやらない漫画好きの俺は
「あっ。取られてしまった」と感じたものです。
漫画のほうは、「雷火のほうが良かった」って感じでしたが。

で、とにかく、このドラクエ2「あたり」を境にして、
児童漫画の世界は大きく変わりました。

ゲーム会社が、より、積極的に漫画にアプローチするようになりました。
広告主(クライアント)として、こまかな部分まで
コントロールするようになりました。
決定的だったのはポケモンなのですが、それはまだ後の話です)

人気漫画の上位には、いくつものゲーム漫画が並び、
「ゲーム漫画でないと人気は取れないのか?」とか、
「倒せ!ゲーム漫画! 他のホビーで対抗馬を! 」とかいう
雰囲気の時代になりました。
90年代の児童雑誌は簡単にいうと、そんな感じでした。

ゲームが雑誌を支配していました。
たくさんのお金を落とす広告主であるゲーム会社には、誰もさからえないし、
逆らう必要などどこにもありません。
優先してリークされるゲーム情報が雑誌の生命線で、
人気のトップはゲーム&ホビーの情報グラビア
漫画はその下。 漫画のトップが
ゲーム漫画か、ミニ4駆か、ガンダムか、あるいはギャグかで
少しづつ色合いは、時代により違いますが、まあそんなもん・・・という違い。

こういうゲームコミカライズの漫画は、
ゲームのキャラクターが一種のスターで、その人気で成り立っている
スター映画みたいなもので、スターの価値をおとしめるようなことは
やってはいけないし、また、きびしく規制されていて、
物語の自由度は、かなり限定されています。
簡単に言うと、不自由な漫画。

でも、年に一回くらいの割合で、同じキャラの新作ゲームが出るので、
ゲームが出ると、それをやりこんだ子供の小さな脳みそは
そのキャラクターで一杯になり、

そのキャラクターが出ているだけで大興奮・・・となり、
ゲーム発売前、落ち込んでいた漫画の人気も、大復活し、
昔出た単行本が増刷されたりして、漫画家にとって神風が吹きます。
つまんないけど、誰にも文句をいわれないような漫画
文句をいわず、こつこつと、真面目に勤め上げてきた者のみに与えられる
ボーナスみたいなものですね。素晴らしいことです。

こんなこと書くと、ゲーム漫画を批判しているように
とれるかもしれませんが、そんなつもりは、まーったく、ありません。
ゲ−ム時代の子供の読者が、そういうものを
喜んでいるのは事実で、それはそれで結構なことだと思います。
僕だって、やれるものなら、ぜひやりたいです。

ただ、ゲームのキャラクターが漫画に侵攻してきて
とくに児童漫画雑誌全体にゲームの毒がまわると、
漫画に出てくる
キャラクターが「ゲーム的なもの」でないと
ウケない。そうでないとダメデアル
・・・というような
固定概念が生まれました。
これは、現場で、ものすごく、固く信じられています。

そのかたくなに信じられている、信仰とすらいえるような固定概念
漫画のいろんな可能性を封じ込めてしまい、
いろんな可能性そのもの(なにやってもいいということ)
「前時代的な古くさいもの」と決めつけて
淘汰してしまったことに
問題がある・・・と、いうことが言いたかったのですが、

だらだら書いていたら、全然ソコまでたどりつけませんでした。

スミマセン。また、つづきます。
04/07/07


キャラクターという言葉 そのに

2.漫画を作る状況において使われるキャラクターという言葉

キャラクターと言う言葉は、漫画の世界では古くから使われてきました。
ひらたく言えば、「登場人物」ということなんですが、
いくらでも「すげ替え」がきくような、その他大勢とか、背景みたいな扱いの人物には
キャラクターという言葉、あまり使いません。
個性的で、取り替えのきかない・・・その人物と別の人物と入れ替えると、
話が変わっちゃったり、ぶっ壊れたりするような、重要な登場人物・・・
主役や準主役、ワキ役、敵役に「キャラクター」って言葉を使うことが多いです。

で、ただ「登場人物」ということだけでなしに、
キャラクターという言葉には、性格とか資質とか見かけとか発言とか行動とか
そういう「人物を見ろ」みたいな言い方をする時の、「人物」みたいな意味合いもあります。
「人間性」といいますか。
これが、けっこう、わかったようなわかんないような概念で
漫画家を悩ませます。

キャラクターという言葉は、漫画の世界では80年代に入ってから、メジャーになった言葉で、
小池一夫先生が、自分の漫画学校「劇画村塾」
「コミックとはキャラクターである!」
「キャラクターを立てろ!」
と熱弁をふるい、
それが漫画参考書に書かれて、広まった・・・と記憶しております。

これは、当時としては、革命的な、劇的な効果を発揮した、漫画的スローガンで、
60年代、70年代の漫画が抱え込んでいた「テーマとメッセージ、社会性」などの
重い部分を、スパッ!と切り離し、
「キャラクターが思う存分活躍する、おもしろくて、軽い漫画」
そして「
80年代以降の一番商売になる漫画」
金科玉条となりました。
新人漫画家は、担当編集者に、みんなこう言われて指導されました。

この言葉を裏付けるような、漫画黄金時代の「キャラクター漫画」
「うる星やつら」であり、「北斗の拳」であり「ドラゴンボール」・・・
掲げているとキリがないような名作の数々です。

「コミックとはキャラクターである!」
とは、どういうことか。

小池先生は、まず、誰が見ても
オッ! なんだあいつは? なぜあんな格好をしてるんだ?
なぜあんなことをしてるんだ?」 と、読者の興味をひくような主役を描け・・・と、いいます。
そして、つぎに「それはこういうワケだと言うぞ」と、チラリと明かし、
読者にフンフンと思わせて、その後、
「なぜあんなことを?」に絡むような事件がおこり、
それを、主役が「ソイツならでは」のやりかたで解決。
事件が終わると、当初の「それはこういうワケだと言うぞ」というのが
一面的な見方だったり、
「実は・・・」という、もっと深みのある人間性が、ケツのところであきらかになり、
読者は、ますますそのキャラクターに引き付けられて
「続きが読みたい。早く描け」となり、
連載が続いて、みんな儲かる

これが、ヒットのヒケツなんですよ・・・というありがたい教え
それが 「コミックとはキャラクターである!」です。
「キャラクターを立てろ 」とは、この教えを漫画の中で実践し、
その作者、その人ならではのキャラクターを作りなさい。生み出しなさい。ということ。

話は、もう充分、出来ているのにイマイチ・・・とか言う時は
キャラクターを「立てそこなっている」ことが多いので
もういちどネームを見直し、「キャラを立てなさい」とも言われます。

これはですね。
漫画が娯楽である以上、とてつもなく正しいスローガンであります
小池理論を念頭に置いて、漫画を描いてみますと
なんにもそういう意識がなくて、書いたものより
ずっとオモシロクなっているはずです。
実際、この理論にあてはまるような漫画はたくさんあります。
もともとは、大衆娯楽小説、特に時代物あたりから来た「考え方」みたいなのですが。

で、この 「コミックとはキャラクターである!」が
常識となったのが、80年代の漫画黄金時代で
それを裏付けるように
漫画のトビラなんかで「キャラクター人気投票、結果 発表!」とか
連発するようになりました。
それぞれのキャラにごひいきのファンがついたりなんかして、
2枚目だらけの漫画が登場、大人気を拍したりしました。ジャニーズみたいなやつ。
コミケで、そういうキャラが単独で活躍するようなスピンアウト同人誌が作られて
「やおい」状況につながりました。

また、「キャラクター漫画」の最大の利点
おもしろさの核となっているのが「事件」とか「テーマ」でなくて
「キャラクター(=スター)そのもの」なので、
キャラクターが飽きられず、人気がある限りは
いくらでも、あらたにお話をつくり、続けることができることで、
なんぼでも単行本、アニメを続けられます。

60.70年代の漫画だと、テーマ重視ですから、
「命をかけた闘いは終わった。新しい時代が来た。主人公の姿をその後、見たものはいない」
とかいって、事件(テーマ)が解決するとあっさり終わった・・・というか、
終わらざるを得なかったのですが、
80年代以降の「キャラクター漫画」は、そんなことゼンゼン関係ない。
「終わったと思ったら、甘い。実はもっと凄い敵が」とか、
「その大団円を、銀河のかなたで眺めつつ、ほくそ笑む怪しい影があった」とか
「死んだハズの主人公だが、神の力で甦り、よりパワーアップした」とか
キャラクターの人気(=漫画の人気)がある限りは
エンドレス。「有終の美」が漫画界から消えました。

さらにスゴイのは、キャラクターは作者の手から離れても、
作者が何もしなくても、死んじゃっても、別の人の手を借りて
どんどん富を生み出すことです。

素晴らしいですね! 憧れますなあ!マジで。

しかし、そんなふうにいつまでも続けようと思えば続くような漫画が
「本当に面白い」漫画のワケはなかったのでした。(はじめは面白くても、後半で、どうでもよくなってくる)
化学調味料を入れれば、食い物はうまくなったように感じますが
みんな同じような味になります。そして、それは飽きる味です。インチキな味です。乱暴な例えですが。
漫画好きは、みんな、ソレに気づきだしました。

90年代の終わりから、漫画はドツボにはまりました。
「コミックとはキャラクターである!」という言葉の暴走
この状況を招いたのです。
「コミックとはキャラクターである!」 というのは、もうホントにいい言葉で
肝に銘じておかねばならない言葉なのですが、
同時に「コミックでは、キャラクターだけが重要なわけではない!」と
なんで、手塚先生あたりが、 ハッキリと、
スローガンみたいに言っておいてくれなかったか・・・

くやしいです。
まあ、言ってくれてたとしても、なにも変わらないかもしれんですけど。

さらに、ややこしいのは児童漫画、少年漫画の世界で、
これは「漫画の入り口」として、本来、すごく重要な役割のハズなのですが、
「テレビゲーム」という、キャラクターものが入ってきて
さらに!さらに! スバラシイことになっております。

まあ、ダラダラと、よくもまあ・・・という
感じもしますが、
つづきます。

04/06/10




キャラクターという言葉 そのいち

気がつくと、日本の世の中は、いわゆる「キャラクター」だらけになってますが、
この「キャラクター」という言葉、ばくぜんと意味はわかっていても、
人によって、使い方、受け止め方がイロイロで、けっこうややこしいです。

世間一般で、よく使われるのが、まず、

1.人物とか生き物とかの漫画的なデザイン、意匠。

ですね。パチンコの台に使われたり、ケータイのストラップになったり、
マークとかアイコンみたいなものです。
パチンコの海物語のオッパイのでかいポニーテールの子とか猪木とか
警視庁のピーポくんとか球団のマスコット、ジャビットくんとか、
ゲームから来たものだとピカチュウとかカービー、マリオ、
漫画からだとドラえもん、ルパン3世、クレしん、ケンシロウ、鬼太郎、
絵本だとアンパンマン、ゾロリ、その他、ウルトラマン、ゴジラ・・・
きりがありませんが、そういう、ひと昔前の世間なら「漫画みたいなモン」で
ひとくくりにされたような意匠のことですね。
昔は、あんちゃんが、キャラクターのついたシャツなんか着てると、
「そんな漫画みたいなの着て。子供じゃあるまいし」なんて
言われたものですが、今じゃジジババのケータイにも
「漫画みたいなの」が、ぶらさがっています。
昔を思い出すと、信じられない光景です。

一般日本人の感覚のなかに「漫画的なモノ」が完全に定着したのでしょう。
80年代の漫画アニメブーム、90年代のゲーム洪水をへて

キャラクターは商売になるでぇ!
コレと同じ洗面器なんやけどな、コレにピカチュウつけるやろ。
3倍の値段で売れんねん。著作権とか、お金はろても、こりゃ儲かるわー。
世の中進み過ぎて、もう何作っても、素材とか中身が進歩するなんて、そう、あらへんねん。
だから、こーゆーもんをペタッと貼って、あれま、新製品!ちゅーわけや。」
「なんやそれ。そーいうの、子供だまし言うんやないかい」
日本人がみんな子供みたいになったんや。子供みたいな大人が喜んでだまされとる。
だいたいがな。中国から同じような洗面器がムチャクチャな安値で
輸入されてくるんやで。どんなに努力しても、どうにもならんわ。
こういう、ペタッと貼って一丁あがり・・・という、
キャラクターというのは、わしらが生きのびるために
絶対必要な付加価値なんや。 だから、みんなで大事にしていかなあかんねん。
ピカチュウ様様。ポケモン大明神ちゅうわけや。」
「なるほど、もう売るもんがなくなった日本のブランドみたいなもんか。
そらもう、みんなでイメージ守っていかんと、国家的損失ですな。」

と、いうような感じで、 ここ10年くらいで
ますます意匠としてのキャラクターは重要になりました。
パチンコのありさまなんて、見てるとモノスゴイですね。
あれは、ゲーム作っていたメーカーがパチンコの世界に戻って来たからなんでしょうが。

おもしろいのは、キャラクターというのは、もともと漫画的なところから
始まって・・・というか、漫画から生まれたと言えるにも
かかわらず、この状態は、完全に漫画家のコントロールをはなれ、
まったく別の、経営的な、商売上手の方々が
イメージを守り、付加価値を高めて行くという方向性で
ものすごい努力をして、すべてを支配しているということです。
まあ、みんなディズニーがお手本なんですけど。

長くなっちゃったので、
いつの日か、つづく
04/06/03


マンガ描き覚え書き いち

こないだ、かとうひろし先生のとこの掲示板で、漫画論みたいな話になりました。
で、最近、そういうことに興味を持って、いろんなヒトのホムペを覗いていたりしました。
いろんな考えがあるなあと思いました。

で、ここらで、ちょっと「自分の考え」をまとめておこうかな・・・と
思いまして、テキトーに書きます。

1.漫画の面白さには、いろんな種類があるのですが、
メジャーな漫画の、 ストーリー的(プロット)な面白さ(おもしろさのベースの部分になります)
とは、以下のものがほとんど。
目的達成のファンタジー 。

ハッキリこいつが主人公というのがいて、
なにかをやろうとしている(目的
それを邪魔しよう、阻もうとする敵(ライバルとか世間とか)や状況(タイムリミットとか戦乱とか)があって
主人公はそれと葛藤し、そこに闘いがおこる。
主人公は苦戦、あるいは一度敗退する。が、闘いをあきらめない。
目的達成のため最大限の努力(特訓とか秘密兵器の研究・開発とか)をし、
天啓(川の流れを見てさとるとか)や、仲間の協力などのサポートを得るなどの劇的な展開点をへて、敵と対決
「その主人公ならでは 」という解決方法
ついに打倒し、目的を達成する

スポーツもの、ホビーもの、サラリーマンもの、ヒーローもの、恋愛もの、
などなど、メジャーな漫画のほとんどが、この構造。
古典派だが、強い構造なので、やたらに多用される。

なぜ多用されるのか、それは、このフォーマットが『人間の夢』そのものだから。
現実では、普通に生活していて、努力に見合った結果が返ってくることなどほとんどないし、
目的のための闘いに勝つことも、そうあることではない。
負けつづけて、勝負そのものから目をそらし、自分をごまかしてでも
毎日を生きて行くのが現実の人生。
自分の目的すらわからなかったりする。
だからこそ、こういう「目的>葛藤>努力>対決>勝利(目的達成)」に
多くの人が喝采し、自分を投影して、夢に酔うのだ。

ソンナアマイモノデハナイ・・・という、人生の苦さを描く漫画も
個人的にはおもしろいと思うが、
酔狂な版元でないと相手にされない。

どんな短い短編でも、こういうストーリーを念頭に置くと
書きやすいし、ギュッとしまったものが出来やすい。
何書いていいのか、ゴチャゴチャになっている初心者とかは
このフォーマットを参考にすると、よくまとまりますよ。

2.人や状況が、変化するのがよい。

ただ、闘いに勝ち、目的を達成した・・・というだけでなく、
その闘いで、主人公が一皮むけるとか、
悪役が改心するとか、平和が訪れるとかすると
「劇的だ」となり、ドラマ性が豊かだと言われる。
なにかが起こって、なにかが変わる
人間は「変化」が好きなのだ。

3.共感を呼ぶキャラクターが、圧倒的にトクである。

「キャラクターを立てよう」と極端な性格、能力の登場人物を、乱暴な出しかたで登場させると
かえって、普通の感覚の読者はひいてしまうので、
読者が「自分に似たところがあるな」とか
こういうことあるなあ。わかるわかる」とか思えるように
工夫しておいたほうがよい。
弱点、欠点を見せつけておくのも、原始的だが有効。

登場人物に読者の気持ちがひきつけられていれば、
バナナの皮ですべっても読者は笑うし、洟たらしても笑う。悪人に狙われていればハラハラする。
たいしたアイデア、仕掛けでなくても、効きが全然違う。
漫画のベテランはこういう「引き付け」がうまい。ズルイくらいに。

興味をひく>共感させる>感情移入をさそう・・・みたいに
段階を積み重ねることがコツ。
とか、偉そうに書いているが、
うおりゃーは、こういうところが苦手。
読者を置き去りにすることを散々やりました。へへへ。

 

この覚え書きは主に
ストーリー漫画に関してのものですが、
お笑いをやる上でも、重要だ・・・と、最近は思っております。
(そのうち、続きやります)
04/05/24



手塚治虫 そのご

さて、僕がアシスタントに行った時の話はもう終わりですが、
ついでに、手塚先生関係の、興味深い話がまだあるので
だらだら書いていくことにします。

手塚先生は歴代のアンテナを持っていた。

今回はコレです。
なんの話かといいますと、手塚先生は全国に熱烈なファンがたくさんいましたが、
「コレハ!」という漫画マニアを選抜して、その子たちに直接会って、
その当時の若者や子供達が、どういう漫画を好んで、どういうのを求めているのかを
リサーチしていたらしい・・・と言うことです。

よく聞く手塚伝説のなかに
手塚先生は、漫画読んでいる時間なんてないはずなのに
おそろしく漫画シーンに詳しくて、
どういう漫画が流行っていて、どんな漫画家が注目されているのか
とにかくよく知っていて、
そういう新進漫画家に、ある種異常だと思えるくらいに対抗心を燃やして
「そういう漫画なら私にも描ける! 負けませんよ!」
と、年がいもなく「新しいジャンル」に挑戦していくという
研究熱心さが語られています。

どうも、それは、熱心な漫画マニアとの会話のなかで
リサーチしたことが、根元にあったらしい。

僕が、昔知り合った漫画家志望の青年で
手塚先生のアシスタントに雇ってもらえるということで上京したのですが、
でてきたと同時に先生が倒れて、夢がかなわなかったという、○○くんがいました。

○○くんの話だと
手塚先生は、関西のナントカ県のほうへやってくると、しょっちゅう
駅ビルの地下街にある喫茶店に○○くんを呼び出し、雑談するんだそうです。
「僕の漫画どうだい?」なんてことは、まるで聞かずに
(聞いても、ほめるに決まってるからなんでしょうが)
「どう、最近。学校のほうは?」とかから始まり、
「最近、おもしろいなと思う漫画とか、きみの友達の間で話題になってる漫画、なんかない?」
とか、漫画関係の雑談を小一時間して「じゃあ、また」と なるらしい。
どうも、そういう付き合いをしていたファンが
全国に何人かいたらしい。これがアンテナです。
先生への熱心なファンレターが縁で、そういう、うらやましいような付き合いをしていた人たち。

ここからは、僕の想像ですが
そういうファン(マニア)との、直接的なつきあいから
手塚先生は、効率良く、合理的に、漫画のトレンドをリサーチしていたのではないか。
おそらく、藤子不二雄先生とか石ノ森先生が、いっかいの漫画ファンだったころから、ずっと。
若い漫画マニアと触れあうことで
若い感性を自分なりに取り入れて
あれだけいろんなジャンルというか、いろんな色合いの漫画を
あれだけ長年にわたって描きつづけてきた。

また、大先生になってしまうと、取り巻きや、編集者は
先生の御機嫌とりに、都合の悪いことは教えなかったりするので(想像ですよ)
おそらく、ファンの率直な声
創作のためのバランスをとるため、積極的にリサーチしていたのではないか。

そういうことを熱心にやる漫画家の話は、ほとんど聞きません。
たいていの大先生は、ファンとかかわるくらいなら
その時間をゴルフとか趣味にあてているような感じがします。
手塚先生は、カナ〜リ変わっていたような。
あれだけの大先生ですよ! そんな大物が、そんな地道なことをチマチマと!
コミケで同人誌やっている人と、あんまり変わらないようなことを。
こんなとこが、神様の神様たる凄いところなのでしょうな。

そんな想像を、伝説の手塚番、○岡編集長に話しますと
はじめ、「そんなこたあ、ねえだろ」と言ってましたが、やがて、
「うん、そういうこともあるかもな。ほんとに漫画に詳しかったよ。
なんで、そんなエロ雑誌の漫画のことまで知ってんだろ?とか、よくあったよ。
それに、あの人と出張に行くだろ? 駅まで行って、
しばらくいなくなるんだよ。本屋にいるとか言ってたけど、
そういう時間に、そういう連中に会っていたのかもな」

僕は、最近、あんまり漫画を読んでいない気がします。
手塚先生の、漫画に対する熱意の、1/10でもいいから見習って
いきたいと思います。
マジで。
04/05/20


手塚治虫 そのよん
下のやつのつづき

ガチャ。○岡さんが帰って来た。
「おい、牛丼買って来たぞ。牛丼。・・・なんだ? どうした? 変な顔して」
「あのその、実は・・・この絵を見て、先生、帰っちゃいまして・・・ 」
「なんだと! ばかやろうっ!
またしても、バタバタと廊下に飛び出す○岡さん。

「 ハァハァ・・・。ちくしょう、ホントにいないや。くそっ。
まあ、いいや、なんとかなるだろ
おい、大橋くん、君、もう帰りなさい」
「す、すみません。・・・僕がこんな絵を描いたばかりに、とんでもないことになって・・・」

「これか・・・うーん、このゴルゴ、あんまり似てねえな
「・・・いや、似てるとか、そういうんじゃなくて・・・」
「お前、こういう変な中年を主人公に一本描いてみろよ」
「エ!?ありがとうございます。早速、来週にでもネームを・・・じゃなくて、
いいんですか? 〆きりは? 僕のせいでこんなことになって」
マズイに決まってんだろうが!

「まあ、でも、この絵のせいで、手塚先生が帰っちゃった・・・わけじゃないと思うよ。
あの先生、こういうことはオウヨウというか、
こんなんで怒る人じゃねえから。喜ぶんじゃないの。むしろ」
「そう言われれば、そんなような」

どうも、先生が帰ってしまった本当の理由は、
どうやっても、今晩中には原稿が完成しないから」ということのようです。

最初から、○岡さんにも、アシスタントのみなさんにも
「今晩に上げるのは無理だ」という状況が見えていたらしいのです。
でも、先生が「やりますから」と、言っている以上、待たなきゃいけない。
しかし、天候は大雪で、モタモタしていると
アシの皆さんも家に帰るどころか、身動き取れなくなる。
長年の経験から、「今日はもう上がらないだろうな」とか思ったのかもしれません。
で、結果として、歩いて帰れるところに住んでいる僕が
みなさんの身替わりに、「ちゃんとアシスタントも待っております」とのアリバイ代わりに
使われたと・・・まあ、そんな感じだったのではないか。
で、手塚先生は、はじめ、原稿をなんとかしようと自室で、うなってたんでしょうが、
「ああ、だめだ。できないや。スケジュール、なんとかなんないかな」と
下に来たら、僕ひとりだったので、 すべてを察知し、
「〆きり、まだなんとかなりそうだな。じゃ、帰ろう」と。
・・・ああ、なるほどね。

「とにかく御苦労さま。牛丼持って帰りなさい。ギャラは振り込みだから」

大雪の高田馬場。夜は明けたというのに、どんよりと暗い空。
まだまだ降り続く雪。歩くのも大変です。
サインしてもらおうとか、かかえていった大荷物。
食わなかった大盛牛丼弁当2人前、サラダつきの袋を持って
家路につきました。
普通なら10分くらいの距離なのに、30分も歩いたような。
心はますます寒く、映画八甲田山のようなキモチに。
なんなんだろう。俺?

と、いうわけで
私は、「漫画の神様、手塚先生のアシスタントに行き、
描いた絵をホメられた」
のです。
えへん。

うえーん。
04/05/05


手塚治虫 そのさん
下のやつのつづき

なんだかなー。うー、まいったな。
あー、なんか腹の具合が・・・。俺、腸が弱いせいか、緊張すると
すぐ下痢すんだよ。手塚先生のアシだって、気負いすぎたのかな。
雪の中歩いて来て、冷えたのもあるかも。
あー、たまらんなあ。うー、いかん。とにかく、糞をせねば。
便所、便所、べんじょー。

しかし、なにしに来たんだ俺。クソをこきに来たわけではないのだが・・・。
ジャー。ゴボゴボゴボ。
カチャ。あー、ゆるかった。まずいなあ。
ん〜?
なんだあ。誰かいるぞ。○岡さんかな・・・・
って、あー!
て、て、手塚先生!

なんと、俺が座っていた机のところに、紙を持った手塚先生が立っているではないか!
わ〜! 漫画の神様だ〜! 神様がついに、原稿持って、降臨されたあ。

・・・って、ゲエエエエエッ!
手塚先生が持ってるのは、俺が描いた落書きではないか!
鉄腕ゴルゴとか、ゲゲゲのブラック・ジャックの!
しまったあ! 俺、あのまま机に置きっぱなしだったよ!

「せ、せ、先生! そ、そ、それは、あのその、ち、ちがいます〜! 」

「君は誰かな?」
「え? はい。あのー、スコラの○岡さんに呼ばれまして、来ました臨時の手伝いです。
○岡さんは、いま食料を買いに外出しております ・・・・」
「ああ、そう。ご苦労様」ニッコリ。
「ところで、これを描いたのはキミかね?」

ギクゥゥゥゥゥゥッ!
「ハ、ハイ。いや。あの、その。ちょっとした練習でして。
あの、悪気はこれっぽっちもないので・・・ゆ、許してくださいっ!」
実際のところ、こんなふうには、言えなかったが、とにかく言い訳をする俺。

「・・・いやー、なかなか面白いよ。キミ。実にいい」ニコニコ。

ハアア。よかった、怒ってないみたいだ。さすが神様。寛大だ。
そう思った瞬間、
「キミね。もう帰っていいから」

ガァアアアアアアアアアン!
えーっ!そんなあ! もう帰っていいなんて。帰れってことだろー。
ひえええええっ。漫画の神様に、仕事する前に「帰れ」といわれたああ!
ああああ!やっぱり怒っていたんだ。鉄腕ゴルゴに。神の鉄槌!
あのにこやかな笑顔は、炎の怒りのカムフラージュだったのか。

ショックのあまり、立ちつくす俺に先生は
にこやかに言った。
「じゃ、僕も帰るから。○岡くんに、そう言っておいてください」
ええええええっ! 先生も帰っちゃうの? だって、今日、〆きりでヤバいとかいうんで
ここに呼ばれたはずなのに・・・。
「じゃ! またね」ニコニコ。バターン!
あっ、ほんとに帰っちゃったみたい。

ウワー! 鉄腕ゴルゴが、神様の機嫌をそこまでそこねてしまったのかあ!
俺は、なんてことをしてしまったんだあ!
04/02/10


手塚治虫 そのに
下のやつのつづきです。

「あ〜、まいったな。俺ひとりで、どうせいちゅーんじゃ」
と、頭をかかえていると、 ガチャ。○岡副編が現れた。
「かあ〜っ、ひでえ雪だな。おっ、大橋くん、御苦労さま。
あれ? なんでキミしかいないの?」
「なんか、みなさん帰っちゃいましたよ。これこれしかじか」
「あっ! やられた!」きびすを返し、バタバタとまた外へ飛び出して行く○岡さん。

しばらくすると、帰って来ました。
上の階に行って様子を見て来たようです。
手塚先生は確かにいるな。 それじゃあ、ここにいなくちゃ、しょうがねえな。
大橋くん。そこに毛布があるから、それ掛けて寝ていよう。
まだ時間かかるよ、あれは
「あれ? 先生と 話をしてきたわけじゃないので? いつ頃上がるの?とか」
ばかやろう。そんなこと聞けるわけねえだろ。
先生が描いてるんだから、黙って待つしかねえんだ!」

どうも、手塚先生に、進行のことなどでお話できるのは
マネージャーさんだけのようです。 そういうルールらしい。
本当は上の階の先生の部屋の前に行くのも御法度なんだとか。
部屋の中には、誰も入ったことがないという。編集者もスタッフも。
○岡さんは、先生の部屋の前に行かないようにして、離れたとこから、雰囲気をうかがってきたんだとか。
忍者みたいな話だな。

ガーガー、ガゴギゴゴガガ。なんじゃ、このイビキは。
あっ、もう寝ている。すごい。毛布かぶって、1分もたっていない。
おそろしいロケットスタート睡眠。
さすが、「漫画編集者は、どこでもすぐ寝られるよう訓練しておかねばならない」
豪語している○岡さん。

いやー、時刻は丑三つ時。でも、寝ろといわれても、寝れるわけないよな。
手塚先生の仕事場で。
やることないので、あちこちをのぞいたり、雑誌を見たり。
雪はしんしんと降り積もり、音は暖房の音と豪快なイビキのみ。
あまりに退屈なので、
「そうだ。いざという時のためにウォーミングアップしておいたほうがいいだろう。
確か手塚先生はスプーンペンだったかカブラペンしか使わないとか言うな。
俺、ふだんはGペンだから、そういうペン先に慣れておかないと。」
ペンでラクガキをはじめました。

まずは、鉄腕アトムを・・・。なんじゃ。これは。ひとつも似ていない。
ブラック・ジャック・・・うーん。似ないな。
ドクター・キリコ。おっ、これはそっくり。
あー。考えてみたら。俺、手塚先生の模写って、やったことねえやー。
赤塚不二夫とか水木しげるとか杉浦茂とかさいとうたかをとかは得意なんだけどな。
ワハハ。アトムのヘアスタイルのゴルゴ描いちゃった。鉄腕ゴルゴ。くだらねー。
筋肉質でパンツいっちょなの。股間がもっこりしてて。ツヤのある黒パンツ。ガハハ。あほらしー。
それから、アトムとドロンちび丸を合体させて「勝川克志!」とか、
「ゲゲゲのブラック・ジャック! 本間先生が目玉のおやじ!」とか
ワルノリして描いていました。

「あっ!」
突然の叫び声に、ギクッ!となると、○岡さんが飛び起きた。
「今、何時だ?」なんだ、ねぼけたのか。「もうすぐ5時ですね」
「 腹が減ったな。コンビニでなんか買ってくる」
すげえな。飛び起きたとたんにメシか。タフだなあ。

でも、コンビニ行ったきり、○岡さん、全然帰ってこねえんでやんの。
あー、やんなっちゃうなー!
04/01/12


手塚治虫 そのいち
まんがの神様、手塚治虫大明神のアシスタントに一晩だけ行ったことがある

いまでも自慢だ。ムスコなんかには「へえ、すごいじゃん」と言われる。えへん。

あれは、東京では珍しい、雪の舞い散る夜だった。
俺は、当時、高田馬場のすごく汚いアパートに住んでいた。
夜の10時頃、ジリリンと電話がなる。
当時、見習い新人漫画家としてお世話になっていた雑誌の副編だ。
「○岡だけど。今から手塚先生の手伝いに来てくんない? 歩いてこれるだろ?」
なんですと-!! 
行く、行く! 死んでも行く。 
八甲田山のような吹雪の中でも、 這ってでも行く!」

ぐふふふ。マンガの神様の手伝いができるとは夢にも思わなんだ。
たいしたお手伝いができるような腕ではないが、
とにかく神のみ技を 間近で見れる千載一隅の大チャンス! じっくり見てくるとするか。
おっと、いかん。サインをもらう色紙は・・・? そんなもん、ないか。
じゃあ、この『火の鳥』に書いてもらおう。これでよし・・と。

えーと、そうだな。
チャンスがあれば、自分の漫画を見てもらおう。
念のために、こないだ描いた習作を・・おお、これだ。持って行くとして。 いひひひ。
しかし、なんだな。早くも弟子になったような気持ちだな。
なんというか、まんが道にでてくる藤子青年のような心持ちじゃわい。ぐふふ。

完全装備して、夜の雪の中を サクサクと手塚プロのビルへ行くと・・・
「こんばんわー。スコラの○岡さんから言われて来た大橋ですが。」
「ああ、御苦労さん。そこの机、つかってください。」
アスタントルームに入ると、3人の大先輩が。
「よろしくお願いします。」 自分はそそくさと言われた席についた。
「○岡さんは今ちょっと外に出ていますが、すぐ戻るそうですよ。」
「手塚先生は上の階で執筆中です。アシスタントはここにいて、指示を待っているんです。」
「あっ、そうですか。」なるほど。さすが。プロって感じだなー。

そーか。手塚先生は上の階でがんばっているのか。ふーん。

しーん。

うーん、知っている人がまるでいないのは気詰まりだな。
会話がないのも、どうも・・。
皆さん、疲れているのかな。

しかし、なんだなー。この部屋。歴史を感じさせるというか、意外と汚いな。
すすけたような感じだ。でも、これがカッコイイんだな。こう、使いこまれた歴史があるねえ。
むう、この机の木製トレス台も、なにやら黒光りしておるわ。
この、何十年もかけてとびちった墨汁とかホワイト、細かな傷とかが 歴戦のつわものという感じだな。
・・・ぐふふ。ああ、なんか緊張するなあ。
この大先輩たちと、自分は、いわば初陣に出る心持ち
おお、武者ぶるいが。

ガタッ。おっ。茶色いセーターのスリムなヒゲづらの大先輩が立ち上がった! ついに始動か!?
 よっしゃあ! 行くでえええ!

「じゃあ、そういうことで、僕達は帰りますので、あとはよろしく。

・・・・・・「へ?」

3人の大先輩たちはそそくさと帰り支度をはじめ、 「電車動いてるかなー?」などと言ってる。
あれ?     あのー、みなさん。手塚先生のアシスタントさんじゃないの?
これから徹夜で漫画描くんじゃなかったのでしょうか?
ボ、ボク、ココに独りになっちゃうんですが、あのー。それでよろしいんで?

「あのー、僕は手塚先生のアシスタントに呼ばれたワケではないのでしょうか?」
「ああ、もちろん、そうだよ。大丈夫。君ひとりでつとまるよ。 雪がひどくなりそうなんで、僕ら帰るから。
○岡さん、もうすぐ来るだろうから、 ちょっと待っててね。じゃ!」
ドアがバターン!

おいおいおい。なんだよ。いいのかよ。こんなんで。
手塚先生、上にいるんだろ? 手伝わなくていいのかよ。
俺ひとりでどうなるってもんじゃないだろうが。

あああ、俺、どうなっちゃうの?  つづく
03/11/30


お笑いまんが そのいち
自分は、お笑いまんがを描くことが多く、 そういう作家だということになっています。

ですが、ギャグの好みが、現代人としては、あんまりフツウじゃないみたいで
一般の方々がギャグだと思われている、言葉のおもしろおかしいやりとりだとか、 漫才的なボケとツッコミだとか、
そういう バーバルなものよりも、
見た目のおかしさだとか、キャラクターの全身をつかったスラップスティックな 動きに興味があって、
昔からサイレント映画だとか、アメリカの古い劇場短編アニメ なんてのが好きでした。
NHKでやってたキートンの短編とか、
12チャンネルの バックス・バニー・ショー(ルーニー・チューンズ)、トムとジェリーとかを 録画して、
ギャグを分類したりしたものです。

20年以上前にサイレント喜劇が再評価されて、上映会があったり、研究本が出たりした ムーブメントがありました。
それには参加できなかったのですが、後追いのように NHKで放送された映画にとりつかれました。
そのころ古本で小林信彦さんの「世界の喜劇人」を読んだのも大きかった。
同じように森卓也さんの「アニメーション入門」を読んで、
レンタルビデオ屋から古いアニメをいろいろ借りて、何度も見ました。
で、そういうものが自分に「合う」と思ったのです。
ガキのころから、テレビで慣れ親しんだドリフのギャグだとか赤塚まんがの 大好きなネタだとかの源流がそこにあったワケです。
そして、「プロジェクトA」以降のジャッキー映画と香港のギャグ映画。

人間の身体を道具としか見ていないような、やりすぎの感覚にしびれました。
それまで漫然とマンガを描いていて、
なんで、俺は自分の漫画で、キャラクターが全身を使ってアクションし、
バカなことを必死にやっていないと「これは違うんじゃないのか?」と思うんだろう。
キャラクターが向かい合っておもしろおかしくしゃべっているだけのシーンを 描いているとイヤになってくるのはナゼ? とか
疑問に思っていたのですが、
こういうものに出会って、謎がとけました。

自分にとってのギャグとは、そういう恐ろしく昔のモノで
漫才好きの人がよくいう類いのギャグとは全然ちがうのでした。
03/11/28


こども
自分はわりと早く結婚したので、15年現在で中三と小五の子供が います。
二人とも男ですが。
でも、まー、ホントに子供を持つってのは、いろいろ勉強になりました。
大変ですが。俺よりカミさんが大変なんだろうけど。

子供と一緒に遊んだり、テレビを見たりしているだけで勉強になる。
小さい子が喜ぶようなお笑いって、大人が喜ぶようなものとは違うんだとか、
大人が与えたいものとも違うんだとか、
でも小さい子が喜ぶようなおかしさって、大人やお兄さんお姉さんにとっても、 (幼稚だとは思うんだろうけど)普遍的な魅力があったりするなアとか、
でも、子供は、背伸びしたい年頃になると、手のひらを返したように きのうまで喜んでいた「幼稚なもの」をイヤがったりするんだよなあ。
とか、なんだかんだと考えます。
コレが実に勉強になる。
自分の仕事にも関わってくる。

そして、絵本
子供がいない時は絵本なんて見向きもしませんでしたが、
福音館とかで出しているような、真面目に作ってある絵本を見ると、 (カミさんが買ってくるんですが)
いや、これもすばらしい。実に勉強になる。
世の中にはキラキラした、面白いものがいっぱいあるんですな!
「好奇心さえあれば、なんでも面白いんだ」とか
「そんなの関係ないって思う気持ちがツマラナサの根源だ」とかいうような そういうことを絵本は教えてくれる。
目の前で子供が、目を輝かせているのだから、 こりゃあ、強力です。
反応がその場で見れるのがまたおもしろい。
美しい泥だんごの作り方を知っても、一文にもならないが・・・
いやあ、そうかっ! ナルホド! この絵本はおもしろいなあ!とか、
なんかそんなこと たくさん思ったですよ。わが子の絵本時代は。

世の中には、すばらしい絵本がたくさんあって、
スゴイ作家さんも たくさんいるのだなあ。
マンガのことしか知らないというのは、なんと不幸なことなのだろう・・・とも思いました。

おんなじように、子供が家庭にいると、 児童文学のこととか、
教育問題とか環境問題とかイジメ、ゆとり教育の弊害とか、 地域社会への貢献とか、
メディアミックスの弊害とかテレビ脳とか、
もうなんだかんだ、否応なくマジメな世界に まきこまれ、
真面目に考えざるを得なくなっていく・・。
(考えるだけで、あんまり何もやらないんですが)

デスメタル聞きながら、お下劣なばかやろマンガ描いたりしてる自分に
全然似合わないような「勉強」をさせていただきましたわ。子供には。
03/11/21


コミックス そのいち←ゴールデンコミックス
小学校あがるちょっと前のころですか、週刊まんが雑誌が創刊されまして、
覚えているのは、大伴昌司さんなんかが作っていたマガジンの2色ページ。
怪獣の内部図解なんかよく覚えていますね。あのあたりで読んだ漫画が、まんが体験のしょっぱなかな。
でも、週刊誌を買うことはめったになくて、漫画は時々買ってもらう 単行本が主でした。
初めに買ってもらったのが、講談社KCコミック 「ゲゲゲの鬼太郎4巻」でした。
たんたん坊とか、かまいたちが出てくる 妖怪城の話ではじまるやつ。
ボロボロになるまで読みました。

水木しげるは本当に好きで、
その後、鬼太郎はもとより、マガジン版悪魔くん、 サンデー版河童の三平(単行本は朝日ソノラマだった)、
ジャンプではじまった千年王国・・・、朝日ソノラマの サンコミックスも 大人向けのお話(ガロとかに発表されたやつ)まで、
小学校高学年までにいろいろ集めて読んでしまった。 おかげで人格形成にヒネリが加わってしまいました。フハッ
当時、漫画のコミックスは今ほど一般的では全然なくて、
地方ですと、お役所があるような都市の、大きめの 本屋に、ほんのわずか置いてあるくらいで、本当にコマメに回らないと揃わなかったのです。
ですが、それだけに見つかった時の達成感は大きく、それに酔いしれて、小遣いのすべてをコミックスに つぎこんでいました。
つまり私は、かなり変な小学生でした。あんまり友達いなかったし。

とにかく、あのころのコミックスは今よりずっと高級感があり、
小さくまとまった、宝石箱のような輝きと重さがありました。
小遣いをつぎこんで、そこらじゅう探し回る甲斐がありました。
ですが、出版社は漫画の単行本で稼ごうとはあまり真剣に思っていなかったようで、
講談社は自分とこでKC(講談社コミックス)、少年画報社はヒットコミックス (キングコミックスってのも、あったような気もしますが)という形で 出していましたが、
小学館にはありませんでした。
少年サンデーの漫画は、秋田書店のサンデーコミックス(ややこしい)か、ソノラマのサンコミックス、 虫プロ商事の虫コミックスあたり から出ていました。
小学館にはゴールデンコミックスというシリーズがあったのですが、 これは傑作漫画の殿堂みたいなシリーズで、
光文社で連載した鉄腕アトムや青林堂のガロのカムイ伝とか、 リッパな漫画ばかりの、文科事業のようなコミックスでした。
小学館で連載したまんがは あんまりラインナップになかったと記憶しています。(ないわけではない)
このゴールデンコミックスと ソノラマのサンコミは、完全に大人むけのちゃんとした書籍でした。
大学の先生とかが 解説を書いたりしていました。
虫コミは「頭の良い子供向け」か、もしくは青年むけ というビミョーな線だったように思います。
まんが雑誌COMの読者を対象にしていたのでしょう。
サンコミ、虫コミは傑作エピソードのみのよりぬきで、
本のはじめから終わりまで 濃厚におもしろかった。充実しまくってました。
これを読んで、 子供ごころに当時の漫画家の才能にうちふるえましたが、
のちに別のところから 完全版が出ると、テキトーに描いたんだなというエピソードも、実は多いことがわかり、
妙に安心したりしたものです。
サンコミは折り返しにカラー口絵がついていたし、
虫コミはカバー裏に おまけの漫画エッセイみたいなのが印刷されていたし、とにかく凝っていました。
虫コミは、カバ−裏を読むので、かえってカバーが痛んでしまい、
僕が今、持っている虫コミは 半分くらいカバーがありません。

70年代に入ると、雑誌連載された漫画は、その出版社でコンスタントに単行本になるようになりました。
集英社から、ジャンプコミックスが、ドリフとか長島など、有名人の 「ボクも読んでますヨ!」みたいな推薦文(みんなヤラセだったらしいが)をつけた
完全に子供むけの形で出て、ハレンチ学園とか男一匹ガキ大将とかがヒットして以来、
各社負けじと、 コミックスをバンバン出し始めました。
秋田書店からチャンピオンコミックスが出て、
たしか最後に小学館が、 てんとう虫コミックスでドラえもん、少年サンデーコミックスで松本零士のスタンレーの魔女とかを出して、
今のような、雑誌>単行本システムが完成されたような気がします。
小学館と集英社のコミックスは、当初カバーにビニールコーティングされていなくて、読み込むとすぐ ボロボロになるのが悲しかったです。
あのあたりから単行本も雑誌扱いになったのかな。

このほかにも赤塚不二夫専門・・・みたいな曙コミックスなんてのもあって、忘れがたいのですが、 キリがないので、このへんでやめます。
03/11/15


D-VHS そのいち←オタク・バベルの塔(笑)
大昔のベータマックスから、ステレオVHS、ベータハイファイ、ハイバンドベータ、 スーパーハイバンド、EDベータ、S-VHSといったビデオで、
映画をエアチックして見るのが趣味です。
SーVHSの時代が最も長く、BSがはじまると、すぐに導入して録りまくりました。
いまはD-VHSでデジタルハイビジョンを録画するのが、日課みたいになってます。
D-VHSというのは、デジタルデータをそのままビデオテープに記録するモノで、 見た目は普通 のVHSテープ&デッキなのですが、
実際はフロッピーとかハードディスク、DVDと 同じで、
パソコンの初期の時代に、フロッピーの代わりにカセットテープにデータを 記録していたりしたんですが、あんなようなモノです。
デジタルデータをそのままビデオテープに記録するので、劣化がなく、
放送した時と 同じクオリティで再生できるという、夢のようなビデオデッキです。
ですが、いままでのVHSデッキと見た目が全く変わらないので、一般市民にアピールする わかりやすい新しさがなく、ほとんど売れないそうです。
コレはデータストリーマーなんですとか、一般市民に説明してもわからないみたいだし。
一目で見て、これは新しい!ということで、売れまくるDVDレコーダーに押しまくられ、 消滅も近いと言われています。

・・・ううう、いいのか、そんなんで! 悲しすぎるぜ!
売れてはいませんが、これはモノスゴイビデオデッキでして、
一見、専用のD-VHSテープ(ちょっと高い)でないと 録画できないように見えて、
実は200円くらいのS-VHSテープにハイビジョン番組が劣化なしで2時間録画できてしまいます。
通常クラスのBS放送なら倍の時間でとれます。
S-VHSテープに録画するのは、海賊的なイケナイ使いかたなのですが、
とにかく200円で、市販のDVDソフトより遥かにキレイなソフトがゲットできてしまうんです。

一方のDVDレコーダーは、デジタル時代の著作権に関するキビシイ規制により、
デジタル放送のデータをそのままディスクに焼けないのです。
チューナーでデータを一回 アナログの信号にもどして、
それからレコーダーで再びデジタルに変換してディスクに焼くので、 ロスがあります。
またハイビジョン放送は普通のテレビの画質、音質に落とさないと録画できません。
ブルーレイなんていう、D-VHSよりスゴイ、未来のDVDレコーダーといった感じの超高級品も ひとつだけソニーから出ていますが、
これは例外的な存在です。とにかく高い!

品質とコストパフォーマンスは、D-VHSが最強です。
これぞ貧乏人の核兵器! 誰がなんと言おうが(誰も何も言ってくれないが)
俺はD-VHSを応援するぞ! 断固支持する!
地上デジタル放送も始まったし、これから出番もますます増えることでありましょう。
がんばれ! D-VHS! 死ぬな! D-VHS!
03/11/03


長岡鉄男
何年も前に他界されたオーディオ評論家で、歯に衣着せぬ辛口の 文章が小気味いい人でした。
あっ、こんなこと書いちゃっていいの? とか、 読んでてスリルがあるところがサイコーでした。
自分はオーディオを趣味にして20数年ですが、いまだにデンキのことが わかっていない文科系ヘタレマニアです。
電気のことはわからないけど、文章のおもしろさとか 評論家のキャラクターにひかれて、
いまだに専門誌を娯楽のようにして、よく読んでいます。
そんな読み方をしているヒトにとっては、この人が亡くなったのは残念で残念で・・・。
はじめて読んだのは、25、6年前、音楽之友社から出ていた、
ビギナー向けの オーディオ雑誌(実はラジカセ中心)の『ロクハン』という雑誌で、
温厚な紳士的評論家神崎一雄先生とオーディオの初歩についての対談でした。
で、ラジカセの広告だらけの雑誌なのに、その雑誌で、「ラジカセなんかオモチャだから」とか
「適当に聞くぶんにはいい」とか過激な発言をくりかえし、神崎先生が終始、 必死にフォローしていて、
対談というよりは漫才みたいだった。まじめな記事だったんですが、 異様でした。
こういう雑誌を初めて読んだ中学生にも そのくらいはわかった。
なんだろう、この人は・・・? で、雑誌をよく読むと、編集後記かなんかに 「恐怖のハゲワシ・長岡鉄男」とか書いてある。
恐怖のハゲワシ?・・・なんかスゴイぞ。 プロレスラーみたいじゃないか! いっぺんでファンになりました。
で、以来、ずっと長岡ファンでした。
ムチャクチャな辛口のようでいて、
関係者が怒りだす手前でサッとやめるというような「頃合」が絶妙だったり、
つまらない製品をホメているようでバカにしていたり、
何を言っても、あの人はああいう人だから・・・ という感じで許されているような気もする・・・
ちょっとズルイ、ヒット・アンド・アゥェイの名人というか、そんな人でした。
他にも、金子英男先生とか江川三郎先生とかイイ味出しているオーディオ評論家はいたのですが、
とにかく、わかりやすいキャラの評論家といえば長岡先生でした。
ですので、ファンも多く、当時から長岡教信者とかいわれるマニアも多く、
現在もネット上にたくさんのファンサイトがあります。 これを読むのが、また楽しみで・・・。
03/10/29

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